遊びをせんとや生まれけん ~ほぼ天涯孤独の早期リタイア~

働くだけの人生に納得できない社会不適合者が、早期リタイアという手段で明るい明日をめざそうとするブログです。

人にはそれぞれ合った働き方がある:日本の労働生産性の低さと硬直した労働形態に思うこと

ここのところの疲れが出たのか、今朝は久しぶりに寝坊しました。


早くいく必要は特になかったのですが、最近はいつも定時出社に間に合う時間に起きていたので、定時をはるかに過ぎた時間に目覚めた今日は、ちょっとびっくりしてしまいました。


出社して、みんなが既に忙しく仕事をしている中、「おはようございます~」と小声で言いながら席に着く、この何とも言えないうしろめたさ。
フレックスと言いながら、みんなほとんどきっちり定時に来るんだもんな~。


このへんが、私が早期リタイアを望んだ、またはそうせざるを得なかった、大きな理由の一つです。


決まった時間に、決められたことをしなければいけない、ということ。
その束縛自体が、私にはとても耐えがたいものでした。


成果さえ出せば(勉強さえできれば)放っておいてもらえた学生時代


思えば学生時代もそう。
遅刻は毎日のようにしていましたし、授業中はノートに絵を描いたり、教科書のずっと先のページを読んだり、ぼーっと空想にふけったり。


先生の話も聞いてはいましたが、ほとんどの時間、好きなように過ごしていました。
でも学生時代は、それで問題なかったのです。


好きなように過ごしながら勉強はしていたので(というか勉強は好きなものだったので)成績は良かったし、そして学校という世界は成績が良ければすべてよしだったので、授業中に絵を描いていても「まあいいか」という感じでほぼ見逃されていました。


世間一般ではどうかわからないですが、少なくとも私のいた学校、私の教わった先生方には、そういうことに対する理解があったようで、とても自由に過ごさせてもらっていました。


なので社会人になってからですね。
決まった時間に来なければいけない。
決まった時間内、決まった仕事をしなければいけない。
というふうな束縛を、モロに受けたのは。


機械に人間が合わせる、という働き方

工場文化、っていうんですかね、こういうの。
機械を動かす時間と止める時間は、どうしても決まってくる。てんでばらばらな人間の好みや調子に合わせてはいられないので、機械のほうに人間が合わせる、と。


思えばずっと昔は、というか今でも伝統工芸なんかはそうですが、職人さんが自分のペースでモノづくりをしていたはず。
もちろん納期はあるけれど、それに間に合いさえすれば、早めにたくさん作ってしまって後は遊んでいようと、最初はゆっくりのんびりしていて後で集中して一気に仕上げようと、職人さんの自由だったわけで。


それが家庭内手工業から、工場制手工業へと産業が変化していく中で、工場の機械のペースに、人間が合わせるようになっていった。
今の時代のサラリーマンの窮屈な労働形態は、その時点からもう始まっていたのかも。


私の職場は工場ではなかったし、機械もありませんでしたが、そういう文化はきっちりと残っていました。


でもこれ、今の時代に必要なんでしょうかね?
工場文化から抜け出せずにいるから、労働生産性が低くなってるんじゃ?


日本の労働生産性が低い理由


労働生産性が34か国中21位の日本と2位のノルウェー その違いは労働時間ではなく「働き方」にあり


こちらの記事にも、そんなことが書いてありました。

日本の労働生産性が低いことはよく知られている。日本生産性本部の「日本の生産性の動向2015年版」によれば、その順位はOECD加盟国34か国中21位だ。生産性の高い国と何が違うのだろうか。

(中略)

生産性の高さの違いには、両国の「働き方」の違いがあるようだ。始業・終業時刻が決まっている企業は、日本では65.5%だったが、ノルウェーは17.5%。多くの企業が「フレックス」や、より自由度の高い「フルフレックス」制度を取り入れ、従業員の自己裁量で労働時間を決められるようになっている。また、働く場所を問わないリモートワークも、日本の企業ではまだ20.9%しか認められていないが、ノルウェーでは77.5%の企業で認められている。

ノルウェーいいなぁああ!
読んでいて思わずノルウェーに移民したくなるレベルです。


調査の結果では、日本とノルウェーで個々人の労働時間には大した差がありませんでした。
にもかかわらず、ノルウェーはOECD加盟国34国中、2位で、日本は21位。


日本でもフレックス制度を取り入れているところは多いと思います。
うちの会社も制度としてはあります。
ただ、雰囲気的に、とても使いにくい。


前にも書きましたが、
「早く仕事を仕上げて、早く帰る」
ということが歓迎されていないのです。
あいつばっかり楽をして、という風に見えるのかも知れません。
暇ならほかの人の分も仕事しろよ、というわけです。


冗談ではありません。
集中して早く仕事を終わらせて、あとはゆっくりするのが私に合ったやり方。
早く仕事を終わらせたら、早く終わった分だけ仕事が回ってくるようでは、もう集中する気も起きてきません。


…ということは、今の会社では言えないことです。


仕事以外の時間をたくさん持つことの効用もあるはず


日本の労働生産性の低さについて、面白い記事を見つけたので貼っておきます。


勤勉さだけでは改善できない日本の低い労働生産性 | ロッシェル・カップ


労働生産性が低い理由をいくつも述べられているのですが、ホントにそうだよな、と思ったのはこちら。

人間は機械ではない。一日の最初の一時間と10時間働いたあとの1時間では同じ結果は出ない。長時間労働により、一時間当たりのアウトプットが減ってしまうのだ。また、長時間労働が続くと、従業員のモチベーションや健康にも悪影響を与え、生産性も低下する。

そしてこちらも。

日本の職場はフルタイム(=毎週50時間働ける)の正社員を前提に雇用機会が作られている。しかし、それ以外の働く母親、定年退職者、介護を背負っている人、パートタイムや派遣社員などの非正規雇用の人材には補佐的な仕事をさせ、その才能を十分活かせていないことが多い。これらの人々の可能性をもっと引き出せられれば全体の労働生産性向上につながるはずだ。硬直した「仕事」と「雇用」の定義から脱却する必要がある。


日本の社会は、フルタイム社員でなければ人にあらず、という勢いです。
でもそうじゃない働き方をする人も、本当はもっとたくさんいていいんじゃないでしょうか。
フルタイム働く人が普通で、あるべき姿で、それ以外は「道から外れた」働き方、みたいな扱い自体が、おかしいのではないかと思います。


フルタイム働かなくったって、補佐的な仕事だけでなく、もっとクリエイティブな仕事もできるはず。
仕事以外の時間をたくさん持つことで、発想の豊かさや新しいことへの順応性なども、磨かれてくるのではないかと思うのです。


私も、今の会社で週5日8時間勤務以外の勤務形態が選べるなら、もう少し頑張れたかもしれません。


日本も、そろそろ工場文化から解放されてもいい頃。
これからの日本の社会で、もっと多様な働き方が認められるようになればいいな、と思います。


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