遊びをせんとや生まれけん ~ほぼ天涯孤独の早期リタイア~

働くだけの人生に納得できない社会不適合者が、早期リタイアという手段で明るい明日をめざそうとするブログです。

GWその2 「ねばならない」からの脱出手段としての早期リタイア

3日目。

昨日わかったことは、十分な時間があれば、私にも片付けはできるということ。

メンタル的に落ち込んで片づけをする気力がない→

散らかった部屋で余計に落ち込む→

片付けられない→

より落ち込む

という悪夢のような循環からも、ゆっくり時間をかければ抜け出すことができるということ。


それでも、ゴールデンウィークはもう後半に入ろうとしています。

時間が過ぎるのは本当に早いです。


いま、こうできたらいいなあと思うこと。

・好きな時間に寝て起きて良い(ただし健康を害さないこと)

・晴れの日は外に出て、雨の日は家で過ごすなど、天候や季節にあわせて行動してよい

・やりたいと思うことをやりたいと思うだけの時間やって良い(ただし健康を害さないこと)

ささやかだけど、贅沢なこと。


やってみたいのは、自分の心と身体の要求に自然に従うこと。

自分の中には、長い間いろんな制約を受けて、「やりたい」にすりかえられてしまっている「やらねば」がたくさんあります。

それを注意深く見分けて、本当の「やりたい」を見つけ出すこと。

部屋を綺麗にしたい、というのも、たぶん、「やらねば」からきているから、こんなに苦痛を伴うのでしょう。

もともと「やりたい」だったことが、過剰な抑圧を受けて「やらねば」になり、苦痛になる。それで、当たり前の「やりたい」が「できない」になる。


仕事をしたくない、というのも、本当はそうなのかもしれません。

人の役に立つのは楽しいこと。楽しいことならば、普通は、やりたいはずです。

けれどそれが過剰に「やらねばならない」ことになるから、苦痛になる。

やってもやらなくてもいいよ、というように本当の意味で自由になったら、私は仕事をやるほうを選ぶのでしょうか?

だとしたら、今、勤めている会社を辞めることは、良いことなのでしょうか?


「ねばならない」にしばられない生活がしたい。

それができれば、仕事をしてもまったくかまわない。

どうすれば、そういう生活ができるのか?


・・・今の社会では、結局のところ、普通の会社勤めは辞めて趣味的な仕事(仕事になれば)を細々とやっていく、というところに落ち着くのかもしれません。

今の社会で働くということと、「ねばならない」に縛られない生活ということを、もう少し考えてみたいと思います。


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