遊びをせんとや生まれけん ~ほぼ天涯孤独の早期リタイア~

働くだけの人生に納得できない社会不適合者が、早期リタイアという手段で明るい明日をめざした記録。リタイア済です。

前よりも、会社で笑えるようになった

すこーしだけど。
たまーにだけど。


会議とか雑談の中で、誰かが面白いことを言ったとき、
作り笑いじゃなくてほんとに可笑しくて笑いがこぼれる、
そういうことが増えた気がします。


前は、会議なら会議で、
上手く進行させなきゃ。
突っ込まれたくないところ突っ込まれないようにしなきゃ。
で頭がグルグルしていて、
笑うのも、半分はお愛想のようなもので。


でも今は、より気楽な気分でいられる。


どうせもうすぐ辞めるから、後は野となれ山となれ^^
という悪魔のような考えもちょびっとはあります。


そこまでいかなくても、


もう、多少怒られても大丈夫。
それで人生が終わるわけじゃない。
多少、失敗しても大丈夫。
取り返しのつかないことじゃない。


そういう風に思えることで、多少なりとも気楽に、自然に過ごせるのです。


これまでは、


会社に行きたくない
→でも、働かなくてはいけない
→苦痛が蓄積する
→鬱屈した感情の矛先が会社に向かう
→仕事なんてさぼれる限りさぼってやれ
→サボる
→サボりながら給料をもらうことで、逆に会社に対して引け目を感じるようになる
→余計に会社に行きたくなくなる
→最初に戻る


という風に、会社を中心にして負の感情がらせん状にグルグルまわりながらどんどん大きくなっていく、負の連鎖反応が起こっていました。


それが、二番目の「働かなくてはいけない」が消えたことにより、逆回りに少しずつほどけて、負の感情が小さくなってきている感じ。


もともと、
多少、上司や他部署の人に怒られたからって、人生は終わらないし、
多少、失敗したからって、取り返しがつかないことなんてめったにない。


それなのに、「怒られる」「失敗する」=「破滅」というように感じてしまうのは、
やっぱり心が柔軟性を失っているというか、硬直化しているんだろうなあ、と思います。


長年の肩こりがちょっとやそっとでは治らないように、凝り固まってしまった心もなかなか柔らかくはならないのですが、
すこーしずつでも、ほどけていったらいいなと思います。



ところで。


心がすごくほどける感じのするブログ、見つけました↓



海がきれいで、空がきれいで、ああこんなところにいきたいなあ、と素直に思えます。


リタイアした後の生活がなかなか思い描けなかったころ、このブログの海や空の写真を見たときに、リタイアしたらこういうところに行きたい、と、魂が叫んでました。(笑)


このブログの人のような暮らしは、私にはできないけど、こんなふうに自然に包まれて生きるのは、とても、心に良さそうだなと感じます。



自然ってやっぱり、すごいですね。

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